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あなたである必要はない

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

最近仕事について考えることが多いです。

仕事といっても、僕はただのしがない学生なので、本当に頭の中で考えてるだけですが。

 

僕は将来教育系の仕事をしたいと思っていますが、ふと、必ずしも僕がやる必要はないのではないかという考えに捉われました。

 

別に僕がやらなくても誰かがやるだろうし、僕よりも適任の人なんてごまんといるでしょう。

どんな仕事でもそうです。

その仕事は僕にしかできないからといってその仕事をやっている人なんて滅多にいないはずです。

 

特に学生という経験もスキルもまだあまりない状態で、その人にしかできない仕事なんてありましょうか?

 

僕が無理してその仕事をやらなくても他の人がやるだろうし、社会は回るでしょう。

それなら僕は無理なことなんてせず、のんびり過ごすのがいいのではないでしょうか。

 

読者の皆さんに聞きます。

あなたにしかできないことって何ですか?

 

この質問に答えることは容易ではないでしょう。

 

これはすぐさまあなたらしさという問題に関わってくるように思えますが、あなたらしさを構成する全てではなく、一要素だけなら他にも持っている人がいるでしょう。

だとしたら、そういった人が何人か集まればあなたがいなくても事足りることでしょう。

 

自分らしさって何だろうか、自分にしかできないことって何だろうか?

 

きっとこの答えは、実際にやってみて深く深く突き詰めてみないと得られないものです。

 

どんなに仕事ができる人でも、初めは仕事なんてやったことがない人でした。

自分が仕事ができるだなんて思っていなかったかもしれません。

 

それでも、その世界では不可欠な存在になっていることがあるのです。

 

 

 

自分にしかできないことをできるか否か。

その答えは経験でもスキルでもないような気がしてきました。

 

信じること、でしょうか。

自分はできると信じて、自分を鼓舞しながら突き進むことでしょうか。

 

あるいは、そもそも自分にしかできないものなんてなくて、他の人がやっていないことをやっているから自分にしかできないと思っているだけでしょうか。

 

どう考えてもしばらくは答えが出そうにありません。

 

しかし、どうせ働くのならやりたいことをやって働きたいし、何もせずに終わる人生は嫌なので何かやってみたいし、いい結果を出すには自分らしいことをやった方が効率的でしょう。

 

君にしかできないことは何かと聞かれても、客観的に僕にしかできないことなんてないと答えることには変わりありません。

 

要は気持ちの問題でしょうか?

 

どうやら働くことは予想以上に難しいみたいです。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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AIが発展したら英語なんて喋れなくてもいいのか?

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

昨日はグローバル化について書きました。

 

petitcosmo2.hatenablog.com

 

グローバル化という言葉の捉え方は人それぞれだと思いますが、新しい技術が生まれ、それが広がっていくのはある程度グローバル化の影響でもあります。

例えばAI。

AIが発展すれば世界は変わるでしょう。

 

シンギュラリティという、AIが人間の脳を超える特異点も2、30年のうちにくるらしいです。

 

じゃあ、AIがそこまで発展すれば、人間はもう何もしなくてもいいのか。

今日はこのことについて考えましょう。

 

 

 

まず、AIに同時通訳ができるようになるといいます。

こちらが日本語で話している言葉を相手に英語として理解してもらうことが可能になるということでしょう。

 

もし、この機能があれば通訳の仕事をしている人は職を失うのか、もっと言えば、僕らは英語の勉強をしなくても良くなるのか、どうでしょうか?

 

結論から言うと、職を失うし、勉強の必要も無くなる可能性はあります。

 

数百年前に当たり前だった馬車というものはもう誰も使っておらず、当然ながら馬車を運転する職業は無くなりました。

まだ観光用などで残っているのをのぞいたら、馬車の運転ができるようになる必要なんてないでしょう。

 

それと同じで、英語もそのうち勉強の必要がなくなるかもしれません。

そのような未来では、誰もが自然と相手のしゃべる外国語を理解できます。

それがAIによるものかどうかはわかりません。

 

しかし、今この瞬間にも世界からいくつかの言語が消えていることを考えると、そのうち世界がもっと近くなり、ほとんどの言語が1つになってもおかしくありません。

 

もしそうなると、英語を喋る必要はなくなるでしょう。せいぜい歴史学者とか言語学者が研究の対象にする程度ではないでしょうか?

 

しかし、現実は現実です。

そのような未来がいつくるのか、本当にくるのかなんて誰にも言い当てられないと思います。

たまにAIが発展するから英語なんて勉強しないという人がいますが、それはおかしいと思います。

 

おかしいというのは、英語を勉強しない理由がAIの発展だからです。

もし、将来英語を喋らない職業に尽くすつもりで海外に全く興味がないから勉強をしないというのならまあ別にいいでしょう。

英語もスキルの1つであり、すべての人に必要だとは言えないからです。

 

愚かなのはくるかどうかもわからない未来に期待して何もしないこと。

その意味でシンギュラリティなんてどーでもいいです。

それに対応するだけのスキルをつけておけばいいだけのことです。

 

何もしないことはしない。

と、いったところでしょうか。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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グローバル化って何だろう?

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

僕は大学が大阪にあり、大阪市内に行くとよく外国の方を見かけます。

大学内にも留学生のコミュニティがあり、外国人を見かけることはもはや珍しいことでもなんでもなくなりました。

 

一方、友達がインドの田舎に行ったときの話では、外国人が来たというだけで奇妙な目で見られたと言います。

 

グローバル化とは何でしょうか?

 

そんなことにふと疑問を持ちました。

グローバル化とは何か、そんなことはもうたくさんの人に語り尽くされているでしょう。

経済がどうだとか、ものの動きや人の動き、情報の流れがどうだとか…

 

そんなことが議論されている中でふと思ったのですが、グローバル化っていうものは今に始まったことではなく、人類が誕生したときから続いているものではないかと思うのです。

 

 

 

そもそも人類が誕生したときというのは、国と国との境がありません。

国境なんてあっても曖昧で、外国人という概念がありません。

 

今のようにすぐに遠くに行けるような物理的条件がなかったのです。

 

その中でも村の人との交流が生まれたり、隣の村との交流が生まれたりして、生活圏は広がって行きます。

それに伴って集団、社会という概念が生まれ、衝突や合併を繰り返しながら大きくなって行きました。

 

その集団や社会といったものが国にあたります。

 

そうやって世界が広がっていくことと、現代のグローバル化とでは何が違うのでしょうか?

考えるているとただ規模感が違うだけのような気がしてきます。

 

もし、この仮定を認めると、グローバル化に対応する能力というものはある意味普遍的であり、それを差別化することはナンセンスだとも言えます。

 

コミュニケーション能力や語学力といったものは、程度の差こそあれこれまでの歴史の中で磨かれてきたものであり、そればかりを強調すべきなのかというと疑問です。

 

 

 

グローバル化というのは、あくまでも外的状況、つまり、自分とは関係なく起こることです。

仮にあなたがいなくてもグローバル化は起こっています。

 

そこで大切なのはいかにグローバル化に対応するかではなく、いかに自分らしく生きるかといったところにあるように思います。

 

つまり、グローバル化に対応することは目的ではなく手段の1つだということです。

 

現代のグローバル化を考えると、個人でできることは昔に比べて何十倍、何百倍にもなっているでしょう。

 

だから、ただグローバル化を考えるだけではなく、その上でどのように生きるかを主体的に選び取ることにこそ意味があるのではないでしょうか。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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マイブランド始めました

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

突然ですがブランドものは好きですか?

ヴィトン、カルティエ、グッチ、シャネル、、、

 

ブランドものばかり身につけていると散財だとか浪費だとかいうイメージがあるかもしれませんが、なぜブランドものを身につけたいという気持ちが現れるのでしょうか?

 

ブランドものといっても必ずしも使い勝手や機能性が優れているわけじゃありません。

友達がサマンサタバサのバッグを使っていますが、使いにくいといっていました…(^^;;

 

さて、ブランドの本当の価値はどこにあるのか、というとおそらくそう多くはないと思います。

僕はブランドものを身につけることは滅多にないので説得力はないですが、すぐに思いつくのが信頼性と有名度です。

 

 

 

信頼性というのは、品質が保証されているかどうかです。

機能性は問題ではなくて、品質が保証されています。

 

購入後すぐダメになることなんてないし、仮にダメになったらどこまでも交換だったり修理だったりのフォローが入ります。

このサポート体制が価値のひとつです。

 

 

 

そしてもうひとつ、有名度というもの。

これはブランドゆえ、多くの人に周知されている。だからこそ多くの人に価値判断をしてもらいやすいということです。

 

もしもこの世にブランドがなければ、人はそれぞれの価値観で他のものを判断するしかありません。

しかし、そこに誰もが知っているブランドが介入することで、このブランドはこのくらいの価値だと判断できるようになるのです。

 

つまり、そこから持ち主の経済レベルとか価値観がある程度判断できるということですね。

ランボルギーニに乗ってる社長に飲みに誘われたと言うと凄い!と言う反応があるのも、ランボルギーニというブランド故のものですね。

 

 

 

さて、そうはいってもブランドにお金をかけるのもなぁ…という方もいるでしょう。

僕はブランドものよりも自分のブランド化に力を入れるのがいいと思います。

自分に信頼性と有名度という価値を加えていくのです。

 

与えられた仕事は徹底的にこなし、他の人の仕事と差別化していく。

それによって上司や顧客に一目置かれ、もっと仕事を任されやすくなります。

 

信頼性を積み上げることで有名度が上がります。

〇〇さんという名前がブランド効果を発揮し、〇〇さんなら任せられるなという安心感を生みます。

その安心感が口コミや噂で広まり、どんどん仕事が集まり、さらに範囲が広まるという好循環に。

 

 

 

まあ、口で言うのは簡単です。

しかし、これもひとつの仕事をする上での基準として考えられませんか?

自分をブランド化するために働く。

こんな考え方もありかもしれないですね。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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明日やろうは馬鹿野郎じゃないと思う。

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今日は設計の授業でCAD(コンピュータで何かをデザインすること)の課題が出ました。

コンピュータの中でマジックハンドを作って、ちゃんとアームとかが動かないといけません。

授業後もずっとパソコンと向かい合っていたのですがなかなか終わらず苦戦しています(^^;;

 

さて、「明日やろうは馬鹿野郎」というフレーズを聞いたことがありますか?

誰が言ったのかは知りませんが、今日やれることは今日やれ!って感じのことですね。

今日できるのに明日やろうなどと言っていたら、明日になってもまた先延ばしにしていつまでもやらないだろう、といったニュアンスがあります。

 

これ、本当にそうでしょうか?

明日やろうといって本当に明日やってしまう人もいるのではないでしょうか?

 

もしそうなら、明日やろうといったけど先延ばしにする人と、本当に明日やる人との違いは何でしょうか?

この違いがわかればダラダラと無為に時間を過ごしてしまうことがなくなるとは思いませんか?

 

というわけで、今回は明日やろうと言って本当に明日やるために何が必要かを考えていきます。

 

 

 

僕はこの問いに対して明確に答えを持っています。

具体例を挙げると、僕は明日CADの課題をやろうと決めました。

そして、決めただけでなく本当に実行するために今できることまでやりました。

それは、スケジュール帳に明日学校に泊まる用意を持っていくことを書き込んだのと、親に晩御飯が不要だと連絡したことです。

 

人間の意志の力というものは案外弱いもので、こうだと決めてもなかなか実行できません。

これはやる気が足りないとかいう根性論の問題ではなく、環境の問題だと思っています。

つまり、やらないでおこうと思えばやらないでも済む状況に置かれているということです。

 

これを自分で強制的にやらないでおこうと思ってもやらざるを得ない状況にします。

僕の場合はスケジュール帳に書き込むのと、親に晩御飯を用意しないように電話することがそうです。

 

これで学校に泊まって課題をやるという状況に入りやすくなりました。

 

さらに、そのような環境を作るために、考え方の問題ではありますが期限を設けることも大切です。

 

僕の場合、課題の提出までに3日の猶予がありますが、明日やると決めました。

明日までにやるというふうに期限を決めることで先延ばしにされることもなくなります。

 

期限を決めた上で、その期限を守らざるを得ない状況を作るのです。

 

これで絶対に課題の提出に間に合わないことはないかも?!

 

自分で期限を設けて、それを守らざるを得ない状況を強制的に作る。

ぜひ試してみてください(^^)

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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ワクワクしてる?

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今日は人生初の〇〇をしました!

 

あなたは最近人生初の何かをしましたか?

一番最近の人生初は何ですか?

 

毎日何かに挑戦している人なら毎日何か新しいことに出会えるかもしれませんが、何もせずに過ごしている人は何もなく1日が終わるでしょう。 

 

まぁ、僕も最近何かに挑戦する人生がいいのかのんびりと暮らすのがいいのか、よく分からなくなりつつありますが…(^^;;

 

それでも人生初の何かをするということはワクワクするし幸せに繋がる要素があると思います。

 

 

 

今日僕はこれまでの人生で初めての電動アシスト自転車に乗りました!

妹がこの春高校に入学して隣の山まで自転車で通うことになったので購入した自転車です。

今日は隣の市まで荷物を届ける用事があったので妹に自転車を借りたというわけです。

 

電動アシスト自転車って面白いですね〜!

ちょっと踏んだら電動アシストが入ってすごい加速!

急な坂でも余裕で登れる!

遡るのが楽しすぎて寄り道して山道を走ってきました。

遠くに大阪ドームが光ってますね〜( *¯ ꒳¯*)

 

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そして電チャには速度計がついています。

坂を下りるときは40km/hくらいになるんですね。意外と速いです。

 

 

 

という感じで人生初の電チャでした。

妹は普通に何も思わずに自転車に乗っているのかもしれませんが、初めて乗るとなるとワクワクします。

 

普段何気なくやっていることでも、実は初めてやったときはワクワクしたということがありませんか??

初めてエスカレーターに乗ったとき、動く階段に踏み込むタイミングがわからなくてドキドキした覚えはありませんか?

人生初の喫茶店でワクワクしませんでしたか?

 

今ではもう忘れてしまっている初めてのワクワク感を思い出すことで人生ってもっと楽しくなると思います。

 

初めて学校に行ったとき、初めてマンゴーという果物を食べたとき、初めて女の子と2人でご飯に行ったとき…

あの時のワクワクってすごく楽しい思い出だと思います。

 

それでもその経験を何度もしているうちに新鮮さがなくなってきて、今となっては学校に行くのも、マンゴーをかじるのも、女の子とご飯に行くのも、普通のことになって何も感じなくなっているかもしれません。

 

どうでしょうか?

 

ワクワク感は慣れによって消えてしまうものなのでしょうか?

もしそうだとすると、そのうち全くワクワクしない日々を送ることになるのでしょうか?

 

いや、そんなことはありません。

初めてのワクワクした感じをもう一度思い出してみてはいかがですか?

きっと毎日が楽しくなるはずです。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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習慣週間始動!

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今日は朝起きて洗面して着替えてご飯食べてお出かけです。

朝の30分そこそこの間にやることって毎日大体同じですよね〜。

そんな30分をどう使うかによってかなり大きな差が出てくるような気もします。

 

朝に限らず、毎日のようにやってることを考え直すことによって生活の質が上がるかもしれないですね。

 

今日は習慣について考えます。

 

ただ、習慣を考えるといってもそれは案外難しいことです。

なぜなら多くの人は自分が普通だと思い込んでいるからです。

 

朝起きたら一番にトイレに行く人がいれば朝トイレに行かない人もいるでしょう。

歯を磨く人もいれば、歯磨きは夜だけの人もいるかもしれません。

 

朝一杯のコーヒーが楽しみな人もいれば、朝は水を飲む人もいるでしょう。

 

人によってスタイルはばらばらなんですね。

 

言われたらそうだと感じるかもしれませんが、案外人は自分が普通だと思っているので、朝歯磨きをしない人とか、ハンカチを持ち歩かない人とかを受け入れられまいものです。

 

そのことを頭に入れた上で習慣を考える必要があります。

 

まず、考えるべきは今習慣的にしていることで無駄なことはないか。そして、今の習慣に追加できるいい習慣は何かです。

 

まずは前者について。

 

朝のわずかな時間の中で無駄なことなんてあっても大したことはないと思えるかもしれませんが、1日5分の無駄でも習慣的に1年続けたら30時間の無駄になりますね。

 

例えば朝食がトーストの人なら、トーストを焼いている時間にぼーっとしていませんか?

もしくはスマホをあてもなくいじっていませんか?

親が洗面台を使っている時間を何もせずに待っていませんか?

 

無駄は案外多いのかもしれません。

これは自分の行動を意識して客観的に観察することで見えてきます。

 

そして、後者の新しい習慣をつけることについてです。

 

無駄を省くことに成功したら時間ができますよね?

無駄を省かなくてもいつもより10分だけ早起きすることで時間ができるはずです。

 

その時間でできる意味のある習慣は何でしょうか?

 

健康的に生活を送りたい人にとっては筋トレかもしれませんし、お白湯を飲むことかもしれません。

 

知的に生きたい人なら読書かもしれません。

 

ビジネスマンなら資料の見直しやプレゼンのイメトレかもしれませんね。

 

何にせよ、朝の短い時間の中にでも有効に使える時間はまだまだ眠っていることがあります。

 

習慣としてルーチンに組み込むことで抵抗なく自分にとって有益なことができるようになります。

習慣って小さなことですが侮れませんね。

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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