少数派が勝つ世界に生きる

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今日は久しぶりにカラオケに行って来ました♪♪(*‘ω‘ ≡ ‘ω‘*)♪♪

 

僕が好きなのは「恋ダンス」や映画「君の名は」の主題歌のような今や誰でも知ってるような曲ではなくて、「amazarashi(あまざらし)」っていうアーティストです(^^)

病的な重さが病みつきになって始終amazarashiを歌ってました笑

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amazarashiを知ったきっかけは友達がオススメしてくれたことです。いい曲が多いですよ(๐›ω‹๐)੭

 

そのうちamazarashiの紹介記事を書いてみようかと思ってます(^^)

 

 

そして、amazarashiに魅かれるのは病的な重さによるものだけじゃなくて、それがあまりたくさんの人には知られていないこと。

僕はどうやらマイノリティーに惹かれるところがあるみたいです。

 

昔から僕に対する「ちょっと変わった子」という印象は変わらないみたいですね。

幼稚園に通ってる時からすでに周りの人に合わせずに自分の好きな遊びをしてたし、小学生の時は1年間半袖半パン耐久レースを1人でやってましたし、中学生のときは入学早々問題を起こして指導されてますし、高校の時は屋上で1人で弁当を食べてる時期もありました。

 

そんなちょっと変わった僕は最近少数派の人間に惹かれて、右利きなのに左手でご飯を食べてます。結構上達して来ました笑

 

 

さて、本題ですが、マイノリティーってどうして数少ないんでしょうね??

 

答えは明快です。

特に日本では周りに合わせるていると安心、みたいな変な考え方があって、無難なものが雪だるま式にどんどん膨れ上がっていくから。自分の考えを明確に持っていない人が、とりあえず周りに合わせるから、ではないでしょうか?

 

そして多数派が少数派に対してマイナーな考え方を持つから、余計に少数派が多数派に合わせようとする…

 

多数派の考え方の方が優れているとは必ずしも言えないというのに…

 

むしろ、例えばギャンブルの世界では多数派が勝っても取り分は少ないが、少数派が勝ったら取り分が多い、というようなことがあります。

 

多様性というのは、人類が種として存続するために必要なものですが、必ずしも多数派が勝つとは限らないわけですね。

 

周りが就活をしているから自分も就活をしてみた。そしたら就活をした人みんなハッピーになった、というわけにはいかないようです。

 

 

最近、こんな感じの理論を展開してくる自称起業家をよく見ますが、確かにその通りな気がします。

 

マジョリティーだとかマイノリティーだとかに惑わされず、どの道を選んだら自分が望む結果が得られるのか。

 

表面的な数に気を取られずに本質的に考えて行動していきたいですね。

 

そして、どちらともつかない選択肢に出会ってしまったら、直感で選ぶ。少数派を選んでみる。

そんな勇気を持ち合わせたいものです。

 

 

ただカラオケに行っただけなのに、いつも通りちょっと堅苦しいテーストの記事が書けてしまった…

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

 

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