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宗教と科学

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

ヒッチハイカーの人ならわかるかもしれませんが、気のせいか宗教の話になることが多くありませんか??

ヒッチハイカーじゃなくても、駅で宗教のチラシ配ってる人を見かけることはありませんか?

もしくは街でいきなり通りすがりの人に宗教の話をされることはありませんか?

 

日本人は無宗教だという話もありますが、意外なところで宗教が関わっていたりするし、当然ながら信仰を持っている人もいます。

 

僕は変に勧誘されたり、声をかけられたりしたらなんとなく嫌な気がする人もいるかと思います。

僕は、科学で大体の自然現象が説明できてしまう現代に宗教のような非科学的なものがあってもいいのか、とかつて考えていたこともありました。

 

しかし、宗教はどれだけ科学が発展しても必要なものだと思うのです。

 

ちなみに僕はそれほど信仰は深くないし、宗教にハマってるわけでもありません。

ただ、宗教の成り立ちとか、歴史の話には多少なりとも興味はある程度です。

 

昔は、科学がそれほど進んでおらず、自然現象を説明できませんでした。

いつ台風が来るか、旱魃に襲われるか、大雨が降るか、そんなことは一切わかりません。

明日生きていられるかわからない恐怖と常に戦っているのが普通です。

 

そんな恐怖を紛らわすためなのか、人間以上の何者か(=神であったり、キリストであったり、アッラーであったり…)を信仰するようになったと考えられます。

 

昔は宗教は精神的な支えとしてなくてはならないものだったのです。

 

現代では、天気予報はあるし、自身の予報はそこまで進んでいませんが緊急地震速報はあります。旱魃に襲われても海外から食べ物を輸入できます。

宗教なんてもういらないのかもしれないと思う人もいるかもしれません。

 

しかし、僕は宗教というものは本質的には人間の恐怖を埋めるものだと思っています。

自然の恐怖こそ少なくなりましたが、人間関係の恐怖や仕事に対する恐怖はまだまだあります。

明日学校でテストがある子が神様にお祈りをするのは自然な行為だと思います。

 

人間誰しも恐怖はあります。

それを受け入れて、その上でどう対処するか。その選択肢の1つとして、宗教があることに、僕は何の誤りもないと思います。

 

宗教を持てとは言いません。

しかし、まだまだ人間と恐怖を切り離せない中で、宗教という選択肢を完全否定してしまうのはどうかと思います。

 

宗教を完全否定している人でも、何かしらの形で信じているものがあるかもしれません。

職場のデスクの引き出しに娘の写真を入れているのもある種の宗教です。

 

強引な勧誘は気持ちよく思いませんが、自己完結なら宗教でもなんでもあり!

 

それが僕の主張です。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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人間は暇すぎると死ぬのか…

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

ゴールデンウイークが終わって、明日で長い一週間が終わりそうです。

今日は友達と映画を見ました(°´ ˘ `°)

一週間は長く感じても映画を見る時間は一瞬ですね〜(^^;;

 

忙しい時間なんてなければいいのにと思います笑

 

もし、お金からも人間関係からも、すべてのしがらみからも解放されたら、あなたは何をしますか?

 

南の島のビーチでココナツのジュースを片手に青く輝く海を眺めて1日を過ごす…

すっごくリラックスできる時間になると思います。

 

あなたはそんな時間をずっと過ごしていたいと思いますか?

 

僕は、強がりでもなんでもなく、そんな一日は何日もなくていいと思っています。

なぜなら飽きるからです。

 

暇死という言葉がありますが、人間は暇すぎると死ぬと思います。

体は休まるかもしれませんが、何の変化もない中で生きていると、精神的に死んでしまうと思います。

 

南国リゾートで最高の時間を過ごしていても、いつかはそれが普通になり暇になります。

輝く海に感動しなくなるし、外に出るのも億劫になるかもしれません。

 

いや、南国暮らしを完全否定するわけじゃありません。ただ、そのような暮らしはいくらお金があっても何年も続くものじゃないと言っているのです。

 

毎日学校に通い、意味不明な数式とにらめっこする日々は好きじゃありません。

できるなら南の島でのんびりとしたいです。

 

でも、完全に今の生活から解き放たれたら、多分今の生活が少しは恋しくなると思います。

 

人間は、バランスが大切です。

忙しすぎても過労死するし、暇すぎたら暇死します。

 

だから、適度なバランスが大切だと思っています。

 

僕は、大学に通うことに多くの時間を使っていますが、それ以外の時間に何もしなければ精神的にやられると思います。

だから、時間的には忙しそうに見えても、意識して友達とご飯に行ったり、今日みたいに映画を見たりしています。

 

朝から晩まで働くビジネスマンの方も、せめて休日だけはと1日ベッドで過ごしているかもしれません。

しかし、貴重な休日だからこそ何らかのエンターテイメントや趣味に時間を使うのがいいと思います。

社会経験のない学生の戯言と言われるかもしれませんが、今はそう思っています。

 

休日でも予定がないと不安になる症候群と休日はベッドで過ごす症候群の両方にならないくらいのバランスが大切です。

 

また映画見に行きたいなぁ…

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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出会いによって変わった人生

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今日は一年以上前に旅のイベントで知り合った友達に会いにいきます。

ワクワクします(๐›ω‹๐)

 

人との出会いってどんな人にとっても刺激的で何かしら受け取るものがあると思うんですよね。

 

今日は人との出会いについて綴っていきたいと思います。

 

 

 

そもそも僕は、大学に入るまで人間関係はかなり狭い方でした。

小、中学校は1学年のクラス数がせいぜい4クラス程度でした。

高校では学年の人数こそ増えましたが、小、中と同じ顔ぶれが多かったし、積極的に交流しようとはしませんでした。

しかも高校は家からすぐのところにあり、徒歩2分ほどでしたので、帰り道に寄り道して友達と遊ぶようなこともありません。

 

完全に閉ざされた世界の中で生きていました。

 

しかし、大学に入ると周りは知らない人だらけです。

全国各地から集まった学生と知り合うチャンスがあります。

 

でもそれもあくまで大学内で止まります。

それに飽きた僕はヒッチハイクでいろんな人に出会い、ツイッターや出会い系アプリでいろんな人に会いに行き、スタディツアーなどにも参加してたくさんの友達ができました。

 

その経験から人は出会いによって変わると強く主張します。

 

まずそもそも人は人がいないと生きられません。

新しい出会いがなければ、狭い世界の中で、新しい知識やスキルに触れることもなく生きていくことになります。

 

しかし、人と出会った瞬間に、自分とは違うものを知り、それを受け入れることが必要となります。

 

僕はヒッチハイクをするまで日本酒の魅力を知りませんでしたし、ジャズを聴くこともありませんでしたし、自分の興味のない業界の会社の社長と知り合うこともありませんでした。

 

人と出会い、自分だけでは知り得ない何かにアクセスすることによって、人生の選択肢が増え、それだけ充実した人生を歩める可能性が増えるのです。

 

現代では、スマホひとつでいろんな人と繋がれます。

ツイッターで知った人に会いに行くことができます。

Facebookでしばらく会っていない友達と飲みに行くことができます。

 

そんな人との出会いを通して新しい知識やスキルに触れ、充実した人生を送るチャンスを得られるのです。

 

大学に来なかったら、ヒッチハイクをしなかったら、ツイッターで気になった人にDMを送ってなかったら…

僕の人生は今ほどの広さを持っていなかったかもしれません。

 

だから、どんな人と知り合ったとしても、それがひとつの緣だと思って自然に感謝できます。

一期一会です。

 

これからもいろんな人との出会いを大切にして生きていたいです。

 

僕と会ってみたい方はこちらから気軽にメッセージください!

泣くかどうかはわかりませんが、割と喜びます。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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興味がなくてもやってみよう!

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

最近は音楽を聴きながら通学しています。

特に気に入っているのがamazarashi。

amazarashiのオススメ曲5選はこちら

あとはポルノグラフィティなんかも好きですが、今朝聞いていたのはブルースとジャズでした。

 

ブルースとかジャズとかってどんなイメージですか?

 

バーに行ったらBGMで流れてそう?

年寄りが効いてるイメージですか?

そもそもブルースとジャズの違いがわからない人もいるかもしれませんね。

 

まぁ、実際そうかもしれませんし、特に興味がない人もいるでしょう。

 

僕も初めは興味ゼロでした。

何もなければ一生意識して聞くことなんてなかったでしょう。

聴き始めたきっかけはヒッチハイクでした。

 

長野から大阪に戻ってくる途中で乗せてくれたおじさんがブルースとかジャズとか聞くといいよ!と言っていたのがきっかけです。

 

今二十代の人たちが60、70になる頃になったら誰もブルースやジャズなんか聞いていないかもしれません。

しかし、少なくとも今はブルースやジャズを好んで聞いているお年寄りの方がある程度の人数はいて、そういう人たちと話をするときに話の切り出しとかに役立つそうです。

 

実際にそんなシチュエーションがあるかどうかなんてわかりません。

 

しかし、趣味が広い方が、いや、趣味とまではいかなくてもある程度話ができるレベルにある方が会話に広がりができるのは確かでしょう。

 

僕は昔ゴルフなんてお年寄りの方の暇つぶしだとしか思っていませんでしたが、友達に誘われてやってみると意外と楽しかったです。

それに、やってみないとわからない難しさに気づきました。

 

さらに、ゴルフというとお年寄りの暇つぶしだけではなく、できるビジネスマンが好んでプレイする面もあります。

ゴルフを通してそういった人種の人と交流できるかもしれません。

少なくとも、ゴルフをやったこともなく、知識もない人がゴルフ好きの人と意気投合するには他の共通点を探す労力がかかります。

 

そもそも知識や経験が狭い人はその狭い範囲の中でしか人付き合いがしにくいです。

 

ブルースやジャズを聴いてみて、それが好きにならなくてもいいです。

僕も別に好きで聴いてるわけじゃありません。

amazarashiを聴いてる方がよっぽど楽しいしテンション上がります。

それでもときどき思い出したようにブルースやジャズを聴いています。

 

趣味にならなくても、せめてある程度のレベルの知識くらいはあった方がいいです。

その方が広い世界で生きることができます。

 

だから興味を持てなくてもとりあえずやってみること、すごくおすすめですよ!

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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後付けの理由をモチベにする

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

最近人生とは何ぞや?ってことを考えたりしてます。

僕は基本的に考えることが好きみたいです(^^)

 

みなさんは人生って何だと思いますか?

それとも何のために生きてますか?と聞いた方が答えやすいでしょうか。

 

基本的にみんないい人生を送りたいし、幸せになりたいと思っているでしょう。

 

じゃあ、いい人生を送って幸せになるために生まれてきたのでしょうか?

いや、当然ですが、人間は生まれる前に人生で〇〇をしたいから生まれよう!なんて考えてませんね。

 

気づいたら生まれていて、自分がいて、どうしてかわからないけど生きているから人生の目的を考えてみたりする…

そんなところではないでしょうか?

 

人類は〇〇のために生きている!とか、私は〇〇のために生まれてきた!なんて言う人もいますが、それらは全て後付けの理由にすぎません。

 

もしかしたら親が子どもが欲しいからといってあなたが生まれたのかもしれませんが、それはあなたが生まれた主体的な理由としては弱いですね。

 

今回は後付けの理由について話していきます。

 

まず、これを考えるには物凄く哲学的な話になることを覚悟する必要があります。

どんな理由も突き詰めていくと理由じゃなくなるからです。

 

人類が生まれてきたのも地球にとってはどうでもいい話かもしれないし、そもそもこの宇宙が存在する理由もどんな科学でも説明できません。

 

なぜかわからないけどたまたま存在している。

そんなものです。

 

こんな大きな話は考えたい人が勝手に考えてくれればいいですが、もっと身近な話ならどうでしょう?

 

あなたが働く理由は何ですか?

お金が欲しいからですか?

もしそうならなぜお金が欲しいのですか?

生きるためですか?

なぜ生きるのですか?

 

 

別にあなたの存在を否定するわけじゃないですが、あなたが生きていることを説明する絶対的な理由なんて存在しないのかもしれません。

 

じゃあ、僕が大学に通う理由はというと、そんなもの大学に入ろうと思った頃とは変わっています。

それでも今も学校に通っています。

 

なぜでしょうか?

 

絶対に学校に行かないといけない理由なんてありませんが、とりあえず行っています。

そして、それを正当化するために学歴のためとか、賢く生きるためとか、適当に理由をつけてそれに納得しています。

 

別に理由なんて絶対的なものである必要はないと思います。

どんな理由も結局は理由として成り立たなくなりますから…

 

このブログを更新している意味もないかもしれません。

それでも毎日自分なりに理由をつけて書いています。

 

どんなことでも理由を明確にして取り組むべきだという人がいるかもしれませんが、もしかしたら理由なんて後付けで考えたものでよくて、本当に大切なのはそれをやりきることなのかもしれませんね…

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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与えられた役割を演じよ

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

もう大分前の話になりますが、友達と話しているときに、人は与えられた役割を演じて生きているというような話を聞きました。

 

与えられた役割とは何ぞや?

 

運命論的なサムシングを感じましたが、どうやらこれは幸せに生きるための1つのアプローチかもしれません。

 

今回は与えられた役割を演じることについてのお話です(^^)

 

 

 

さて、今日は日曜日です。GWの最終日という方が多いのではないでしょうか?

そういう僕は特にこれといった用事こそありませんでしたが、大学のレポートに1日を費やしていました。

 

先輩にもらったレポートを参考にしながらでしたがなかなか骨の折れる作業…

参考になるものが何もなかったら手も足も出なかったでしょうね(⌒-⌒; )

 

でも、大学を卒業するためには絶対にこの科目の単位は落とせない…

ある意味これは僕に課せられたタスクだというわけです。

 

ちょっと視点を変えてみると、まず始めにレポートがあって、レポートを提出するために僕がいる。

 

この見方が冒頭に述べた運命論的なものだと思うのです。

 

 

 

人間というものはやっていることは同じでも、考え方ひとつで感じることが全く違います。

 

同じことでも、嫌々やらないといけないのとそれを使命だと考えてやるのとでは全く達成感や満足感が違ってくるでしょう。

 

嫌々レポートを作るのとレポートを与えられたタスクだと考えてやるのとでは同じことでも全く違います。

 

仕事でも同じです。

会社にいると仕事は嫌でも降ってきます。

その仕事をただこなすだけの毎日と、それを使命だと感じて取り組むのとでは満足感が違うでしょう。

 

ここで違いを生み出しているのはやっていることではなく、考え方です。

 

あるタスクに対して、それをこなすのが自分に与えられた役割だと考えてやると前向きになってきます。

 

大学のレポートを提出するのが、僕に与えられた役割です。

そして、その役割を全うするのに必要なのは責任感です。

 

与えられた役割を演じるための人生。

 

そう考えると、嫌なことでも半ば機械的にこなすことができます。

 

みんなが同じような社会に生きている中で幸、不幸の差が生まれるのはこのような考え方の違いが大きいと思うのです。

 

みんながみんな与えられた役割を演じていて、自分もその中で生きている。

 

なんとなく、心が軽くなるような感じがしてきます。

 

あなたに課せられた役割は何ですか?

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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女子力って何だ? そろそろ無意味な議論に決着をつけないか?

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

下宿してる頃はプリンとかエッグタルトとかケーキとか作ってました。

実は甘いの好き系男子なんです。

 

女友達とご飯に行ったときにデザートを食べてたら味覚女子って言われました。

そして後輩には女子力高いと言われる始末…(⌒-⌒; )

 

女子力って何なんでしょうね?

そろそろ女子力についての無意味な議論にピリオドを打ちませんか?

今回はそんな感じでゆる〜く書いていきます。

 

そもそも女子力とは?

 

女子力と聞いてなんとなく思い浮かべるのは料理ができたり、裁縫が上手かったり、化粧がバッチリだったり、インスタにスイーツの写真を投稿してたり、ですかね?

 

それ以外にも声の可愛らしさとか、ファッションセンスとか、身の振る舞い方であったりとか、手先の器用さであったりとか、ラインの返信の仕方とか、とにかく広範に渡る何かを女子力という言葉でまとめています。

 

ちなみに女子力っていうのは何も女子だけのものではなくて、男子でも女子力が高い人がいるみたいです。

 

もはや何かよくわかりません( ˘•ω•˘ ;)

 

みなさんの思い浮かべる女子力ってどんなものですか?

多分僕の考えるものと少なからず違いがあるはずです。

 

そんな曖昧なものを基準にして女子力があるとかないとか言うのって実はかなり無意味なことじゃないでしょうか?

 

そもそも日本語には女子力も含め、〇〇力という単語がたくさんありますが、それらが指すものが曖昧であることが多いように思います。

 

国語力、計算力、観察力、社会人基礎力…

 

これらわかっていそうで意外とわかりませんよ。

国語力といっても漢字を書けることを言うのか、文字を読めることを言うのか、文脈を理解する力を言うのか…

 

計算力?

計算を間違わずにする力なのか、早く解く力なのか、暗算で計算する力なのか、微分積分を解く力なのか…

 

じゃあ女子力は?

これこそ曖昧な日本語の象徴なのではないでしょうか?

 

見た目が可愛いからといって女子力が高いとは限らないし、可愛くないからといって女子力が低いとも言えません。

 

僕が女子力議論を終わらせると言うのは、そもそも定義さえはっきりしていないものについて議論するのは時間の浪費だと言うことです。

 

女子力というものの存在は否定しません。

しかし、その言葉を使うならまず意味を明確にしてからです。

 

定義さえはっきりすれば、女子力があるかどうかは誰にでも判断がつきやすくなります。

 

そしたら女子力議論なんかすぐに終わるのではないでしょうか?

 

あなたの定義する女子力とはどんなものですか?

 

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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