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できるからやる

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

三日坊主を心配していたブログも意外と続いて安心してます笑

今日は特に用事もなかったのでダラダラと過ごしてしまいました。たまにはこんな日もあっていいよね??

 

でも、やるときはやります。

大学でテストが近づいてきたらモーレツに勉強しますし、お金が欲しくなったらモーレツに稼ぐ方法を考えます。

楽しいことをしたくなったらモーレツに何をするか考えますし、自分が力不足だと分かったらモーレツにどうやって力をつけるか考えます。

 

今回は行動力について書いていきます。

 

 

そもそも行動力とは??

どんな言葉も「力」をつけるとそれっぽくなりますよね。

国語力、判断力、分析力…

女子力なんて典型ですね。女子力てナンノコッチャ(^^;;

 

僕はよく「行動力あるね!」なんて言われて調子に乗ってたりしますが、行動力っていうのはそもそも「力」とは言えないのでは?と思うことが多々あります。

と、いうのも、行動力は何か難しいことをやり遂げる力ではなくて、なんでもいいからアクションを起こすことだと思うから。

「やれることをやる。」

これが行動力と言われるものの正体です。

 

例えばヒッチハイク

僕はヒッチハイクをよくやります。なんて言うと決まって「行動力あるね!」なんて言われるわけですが、ヒッチハイクは技能的には特に難しいことではありません。

大きなダンボールやらスケッチブックやらに行き先を書いて立っているだけ。

必要なのは強いて言うなら、車が止まってくれるまで立っているだけの体力…かな笑

 

ダンボールやらスケッチブックやらを調達することはやろうと思えば誰でも出来ます。

それに行きたい場所を書くことも、普通に学校に行って文字が書ける人なら難なくできるでしょう。

それを持って道路の傍で立つことも、両腕を怪我してて何も持てないんです…なんて人じゃない限り誰でも出来ます。

 

要するにヒッチハイクなんて誰でもやろうと思えばできるのです。特別な技能とかスキルとかは要らないんですね。

 

 

肝心なのはできることをやること。

できることをやることが行動力と言われるものに繋がるわけです。

 

肝心なのはできることを愚直にやり続けること。誰でもできるからやらない、と言うのではなく、誰でもできるけどやる。

この積み重ねが力の差だったり、知識の差だったり、経験の差だったりになるのです。

 

ブログもそうです。

ブログにメールアドレスなどを登録したらいつでも記事を書けます。

誰でも出来ます。ただそれをやるかどうかです。

 

そうやってできることをたくさんやっていると、そのうちできないこともできるようになってきます。可能性が広がります。

 

完璧にやりきらなくてもいい。どんな形であれ、やってみること。これが行動力と言われるものです。

 

ヒッチハイクをする行動力。ブログを書く行動力。やれることをやる行動力。

 

やれるのにやらないことで自分の可能性を狭めるようなことは避けたいですね。

今日も行動!毎日行動です(^^)

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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思い出は ぐるぐる回る 日記の中で

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今日はFacebookで自分の過去の投稿を遡ってみました。

我ながらなかなか文章力あるな(。+・`ω・´)キリッって思う投稿もいくつかあり、根拠のあやふやな自信が湧いて来ました(笑

Facebookに限らず、ツイッター、ブログ、日記など、なんでもいいので自分の考えをちょくちょく見える形にしておいておくのはオススメですよ(^^)

 

 

Facebookを見ていて思ったこと。

僕ってめっちゃアクティブやなってこと…( *¯ ꒳¯*)

 

ヒッチハイクで乗せてくれた人に後日会いに行ったりとか、家にあったことのないインドネシア人を泊めてあげたりとか、スマホバラしてみたりとか、わらしべ長者やってみたりとか、自転車で大阪と名古屋の往復をしたりとか、カンボジアのスタディーツアーに参加したりとか…

 

このアクティブさって手前味噌ながらすんごい武器になると思う。

 

 

Facebookを見ていて思ったこと。

人生って360°変わることが何度もあって、生まれてから死ぬまでに何回転してるんだろ??ってこと…( *¯ ꒳¯*)

 

今までの人生が変わったっていう投稿がいくつかあったんだけど、確かにその時に人生ガラッと変わってて、それがきっかけでまた人生が変わる出来事がその後に起きていて、その出来事があったからこその人生が変わる出来事がまた起きていて…

結局人生って今この瞬間の積み重ねで、常に変わり続けていて、1つの形を持ってるものじゃないんだ。

その時々の運とか緣とか神様の気まぐれとかで、全く違った方向に行ってしまうんだ。

だから、昔の僕が人生変わったって思った出来事は、今となっては大したことじゃなくても、確かに人生の大切な1ピースだったって思える。

 

 

Facebookを見ていて思ったこと。

僕は迷ったり悩んだりしつつもちゃんと頑張ってるんだって思えるってこと。

 

僕の長所は○○です!なんて、自信を持って言えるほどのスキルとか、才能とか、そんなものは多分まだ持っていないけど、それでも必死にあがいてる自分が、なんとなく誇りに思える。

僕はまだまだやれる。これからも頑張っていく。迷いながらも、悩みながらも、なんとか一歩だけでも、歩いていく。

 

このブログを書きながら思ったこと。

まだ読んでくれてる人は少ないけど、それでも読んでくれている人がいるって思うと、心があったかくなってくる。

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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大学って何?? 入学後に感じた違和感

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

大学生活も早3年が過ぎ、一年留年してあと2年でいわゆる社会人見込みです。

 

大学って高校生の時に想像してたのとだいぶ違いますが、それなりに毎日充実した生活を送っています。初めは違和感しかなかった大学に大分適応できてきたという事でしょうか?(^^;;

 

今回は僕が大学に入って感じた違和感をとりあえず3つ書いてみようと思います。

 

 

まず違和感その1

大学って思考力をつけるところじゃないの??

 

高校の時は大学というのは答えのないことを勉強するところだと言われてきました。それがいざ入学してみると、全く高校と同じように学生が席について黒板に書かれた呪文をノートに書き写していくスタイル…授業受けても意味不明なのでテスト前に自分で教科書で勉強する…

おいっ、思考力どこ行った?(^^;;

 

学部にもよるのかもしれませんが、工学部の僕はひたすら物理と数学を勉強してました。今でも変わりません。専門的になったとはいえ、答えのある勉強からは一歩も離れていません。

おいっ、思考力どこ行った???(^^;;

 

高校の時に思い描いていた大学での勉強は、まず問題を探すことから始まって、その問題に対して自分なりの答えを考えるって感じでした。少人数のグループで議論を闘わせたり、1人部屋にこもってひたすら資料を読んで…

そんな勉強は一切ありませんでした。

 

 

違和感その2

大して世界が広くならない

 

高校の先生は言います。大学に行くと世界が広がる。周りにいろんな人がいるようになるよ、と。

そんなことありませんでした(^^;;

 

大学に入ったら結局周りには同じ人ばかり集まります。同じというのは、周りにいるのは大学生ばかりです笑。ま、そりゃそうだわな。

出身地が東京だったり、愛知だったり、福岡だったり、北海道だったりしますが、結局大学に来てる人というのは大学でやりたいことがあるから大学に来た人か、若しくは周りに合わせてたらいつの間にか大学生になってた人か…

同じような思考の人が集まっちゃうんですね( ´•௰•`)

 

世界を広げようと思ったら、大学という1つのコミュニティだけに属するのではなくて、例えば地域のボランティア団体に入るとか、学生団体に入るとか、海外に行くとか、インターンとかヒッチハイクとかで普段接することのない人に強制的に会いに行くしかないんですね。

 

流されるままに世界が広がることなんて滅多にないですね。

 

 

違和感その3

遊んでばかり…

 

僕が大学に行こうと思ったのは、かっこよく言うと、これから先の未来を賢く生きる力を身につけるため。そのため、偏差値でいうとかなり高い大学を受けました。

私大は行きたい大学がなくて、国立の大学で入試の前期・後期を固め、滑り止めに受けた公立の大学だけ滑り込みで合格しました。それがたまたま今通っている大学です。

 

入学して周りを見ると旧帝大を浪人して受けてギリギリで不合格だった人の多いこと!旧帝大を現役で受けてかすりもしない不合格だった僕は驚きました笑

でも、そんな人たちでも遊んでる人ばかりです。大学って勉強するところじゃないの??

 

そんなことを言いつつも、僕も遊んでばかりでした。結局環境なんですね。周りがみんなそうだから、なんとなく安心。そんな自分に甘えてました。心のどこかで違和感を覚えながらも…

 

 

 

こんな感じですかね…( *¯ ꒳¯*)

 

大学行けば万事宜しいなんていう考え方はすぐにでも捨てたほうがいいですね。

結局自分、自分なんですよね。

 

大学に入ってみて求めているものと違ったら大学の外を見てみればいい。大学に不満ばかり言っていても仕方がないですね。だから僕は大学の外に出ました。退学ではないですよ笑

 

これについてはまたそのうち書いてみようと思います。では今日はこのくらいで。

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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名前のない人

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

最近、非常に焦ってます。

何に焦ってるかって??

 

それは…

 

 

……

 

自分でもよくわかりません(⌒-⌒; )

 

よくわからないけど焦っているのです笑

今回はこの焦りの正体について書いていきます(๐›ω‹๐)੭

 

焦りとは?

焦りというのはなりたい自分と現状の自分とのギャップ、なりたい自分にどのくらい近づいているか、から生まれると思います。

つまり、目標に向かって頑張っていてもなかなか目標に近づかないとき、焦りが生じます。

 

先日就活が解禁されました。

就職活動中に周りがどんどんと内定を獲得していくのに自分だけ内定を獲得できていない…

こんなとき焦りますよね?

 

それはなぜかというと、

内定をもらいたいという目標に対して、周りがどんどんと内定を獲得していくのを見ることによって、自分が頑張っているのに目標に近づいていないように感じるから。

 

焦りは競争社会の中で生まれやすい現象だと考えています。

周りと比べることで、自分が目標に近づいていないことに気付きやすいですから。

 

僕が焦っているのは目標がまだ見えていないから。最終的な形でのゴールはありますが、それに向けた澪標がまだ見えない…

 

スタディーツアーに参加した、いろんなセミナーに足を運んだ、ヒッチハイクを通していろんな人と話してきた、いろんなことを経験してきた…

それなのにまだ僕が本当に何をすべきなのか見えていない。

 

今何をすればいいのかわからない、今何かやっているけど本当にそれが効果的なのかわからない、今結果が現れていないから本当に前進しているのかわからない…

 

そして、同世代で僕には到底できないことをやってのける人の存在。

 

よくわからない何かを達成しないといけないと、正体のわからない何者かに駆り立てられる。

でもわからないからやりようがない。

遣る瀬のない不安。

 

だから、僕は何に焦っているのかさえもわからない。次の目標がまだ見えていないから。

 

でも、言えることはひとつ。

 

それでも頑張り続けるしかないということ。

今いる場所から見えないならば、もっと歩けばいい。今はただ、がむしゃらにできることをやり続ける。愚直に、泥臭くてもやり続ける。

 

焦っているのは頑張っている証拠だ。

焦ってストレスを感じて自己否定をするなんて、そんなことは止した方がいい。

 

今はただ、目の前のことを必死にこなしていくことを考える。目標は頑張っていたらいつか見えてくる。そんな、気がする。

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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最強の文系

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

突然ですが、理系と文系との違いって何かわかりますか?

 

理系といえば、医学部、薬学部、理学部、工学部、農学部など。

文系は文学部、考古学部、心理学部、経営学部、外国語学部など。

といった所でしょうか…

 

私は大学で工学部の機械系を専攻しています。つまり、理系という括りに分類されるわけですね。

 

それでは、理系或いは文系を極めるとはどういうことでしょうか?

 

理系だったら化学式がスラスラ言える、プログラミングにめっぽう強い、どんな計算でも暗算で答えられる…他にも考えればいろいろ出て来そうですね。

 

文系だったら歴史的な出来事を事細かく覚えている、文豪の作品をあらゆる角度から考察している、何ヶ国もの言語をペラペラ喋れる…などでしょうか?

 

僕は理系に分類されていますが、最強の文系を目指しています。

僕に言わせると理系と文系との最大の違いは「自分でやるか、人に任せるか」です。

 

理系は自分でパソコンのプログラムを組んだり、機械をいじったり、計算をしたりして問題を解決します。

それに対して文系は、あらゆる知識、教養を活用して最適な人に物事を任せて問題を解決します。

 

それではなぜ、理系と文系とがそのようなそのような定義になるのか…

 

もう1つ、理系脳と文系脳との最大の違いをあげましょう。それは「ハードな考え方か、ソフトな考え方か」です。

 

理系はハードな思考による学問です。

化学式や数式、プログラミングなどの具体的なツールを用いて問題を解決していきます。

対して文系はソフトな思考を重んじています。

ある対象に対して公式で捏ねくりまわすのではなく、いろいろな視点から考察を加えて唯一ではなく、最適な答えを出す学問です。

 

誰がどうやったって同じ答えに行き着く理系。

人によって意見が割れることもある文系。

 

どちらが優れているというわけではありませんが、僕は最強の文系になりたい。

 

文系的思考でならより多くの人に影響を与えやすいのです。たくさんの専門家をマネジメントすることで1つの大きな問題を解決する…どれだけ優れた専門家でも1人ではできないことをチームを組むことで解決する。それが文系です。

 

そのためのソフトな思考。これはあらゆるもののスピードが加速度的に早くなって来ているこのグローバル時代においてかなり重要なスキルではないでしょうか?

 

幅広い知識や教養を以って、次々と起こる出来事に対して柔軟に対応する。

 

これが本質的な意味での文系だと考えています。

 

そんな文系を目指してトライアンドエラーの日々…これからの時代に必要なのは幅広い知識と教養だと言えるのかもしれないと、理系大学の中で痛感しています。

 

理系には理系の、文系には文系のやり方がある。

どんな道を歩むか、それは現時点での考え方によってかなりの部分が決まっているのかもしれませんね…

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました!

 

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わたしは

どーも!ちゃありぃです(^^)

 

今回は僕についてのあれこれを書いていこうと思います(^^)

 

僕は現在、大阪の大学の3年生。一年留年したのでもう一度3年生です。

専攻は工学部の機械、特に航空機に関することを勉強しています。昔から親の影響で物を作ることが好きでした。

でも、将来エンジニアなどの機械系の仕事をしたいのかというと頭の中ははてなでいっぱいに。どうにもしっくりこなかったわけです。そこで将来のためにとりあえずお金を稼ぐ力をつけようと思い、転売を始めました。ただ、転売は手間がかかるし、そこまで好きになれなかった…

バイト代と同じか少し高いくらいの利益をあげたところで辞めてしまいました。

大学を留年したのはその反動です。授業をサボって転売ばっかりやってたわけです(^^;;

 

転売以外にも大学にとらわれない活動をしてきました。いろんなセミナーに行ったり、スタディーツアーに参加したり、ヒッチハイクで旅したり、サークルを立ち上げたり、自称経営者に会いに行ったり…

その中で将来につながるスキルとか経験とかを得られたら、詰まる所成長できたらと思って活動してきたわけです。

 

それでも手一杯になって、結局何がやりたいのかよく分からなくなって、いろんなことをやめて、ようやく整理がついてきたので今までの振り返りにブログを始めたということですね。

 

そもそもなぜ今いる大阪の大学に通うことになったのかというと、ぶっちゃけた話、東大に落ちたからです(^^;;

高校の時の第一志望校は東京大学。でも東大に受からなくて唯一受かってた大阪の学校が今通ってる大学です。

東大を受けたのは単純に日本一の大学だから、というわけではなくて、教養教育に力を入れているからです。高校生の僕は教養という言葉に心を奪われたわけですね。教養があれば豊かな人生を歩めそうだと…笑

 

大学受験然り、大学入学後の活動然り、昔から変わらないのは成長したいという想いなのだと最近気づきました。

僕の人生のテーマは成長なのだと。

 

このブログも全体のテーマとして「成長」について書いていこうと思っています。

 

簡単な自己紹介(?)ですが、どうぞよろしくお願いします(^^)

 

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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